【本文より引用】
「気圧を測定することで富士山の高さを測ったのは有名なシーボルトである。彼は長崎のオランダ商館の医師として一八二三(文政六)年に来日したドイツ人で、長崎市内鳴滝に日本人のための診療所を設け、塾を開いて全国から集まってきた人達に西洋医学を教えた。シーボルトは来日以来、富士山の高さを測りたがっていた。」
「富士山への登山はシーボルト自身がやりたかっただろうが幕府の監視が厳しく不可能で、弟子の二宮敬作が極秘計画の実行に当たった。一八二七(文政一〇)年の春、二宮は第一回の登山を試みたが、気象条件が悪く途中で引き返した。その翌年の旧暦四月にようやく登頂に成功して、おそらく気圧の観測から山頂の高さを「三七九四.五メートル」と算出した。
富士山の標高は現在三七七六メートルであるから、その差は二〇メートル足らずで、幸運でもあったろうが、驚異的な誤差に留まっている。」
「富士山頂で最初に観測を行ったのは、一八八〇(明治一三)年である。東大教授メンデンホールほか東大学生一行は(中略)八月三日から六日まで富士山頂で、重力測定、気象観測、天体観測を実施した。(中略)沸点による気圧の観測が正確で、気温の観測とともに富士山の高さは三七七八メートルと計算された。」
(P1〜「第一章 富士山測候所前史」より)
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